加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』

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 2020年10月1日、当時の内閣総理大臣菅義偉は日本学術会議が推薦した会員候補105人のうち6人を除外して任命した。 会議が推薦した人を政府が恣意的に任命しないことは、任命権の濫用にあたると、大きく世論を騒がせた。
 2026年現在でも、この行政行為は撤回されておらず、行政権行使に抑制的であった石破内閣から、 国家主義的な主張を好む高市を首班とする政権へ変わり、2月の総選挙で衆議院の3分の2の議席を得た今、 危うさがつのる。

 右翼、国家主義者に擬せられた当時の権力者から煙たがられた筆者の学風が気になっていた。
 2010年に小林秀雄賞を受賞した『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』が書評で紹介されていたので、 遅まきながら読んでみた。

 まず、素直な文章に驚いた。強引に論を立てて進めることもない。
 中高生向の教科書を希った本書の性格からか、一緒に考えようとする姿勢が好もしい。
 考える素材を次々と紹介しているが、それが一次資料であり、的確に状況を説明するものであることに驚いた。

 第2次世界大戦において連合国(を主導するアメリカ)は、第1次世界大戦の失敗を繰り返さないために、 停戦という妥協を除外したという。
 条件付き停戦を行ったあと、戦勝国側は講和会議で非妥協的な条件を押し付けたことが間違いであったとする。 国内世論へのアピールを優先したウィルソン大統領の理想主義的すぎる方針と、敗戦国への非情な姿勢が、 停戦と講和条件の差を生んだ原因とする見方が新しかった。

 また満州事変発生後から、国際連盟脱退に至る経過の論述も新しい視点にあふれている。
 リットン調査団は植民地を有する国の代表からなり、報告内容は日本側に宥和的であった。 日本代表の松岡洋右自身も「物は八分目にてこらゆるがよし。」と本国へ電報を送っている。

 であるのに日本は報告書を受諾できなかった。 経済圏設定だけでなく中国から切り離された満州国を求めたからという。 さらに陸軍は兵を動かして熱河作戦を行った。連盟はこれに対し、 規約11条に拠る「戦争または戦争の脅威となるような事変」に対して理事会を開く動きを示し、 日本が除名される可能性がでてきた。
 「連盟よさらば」と報道された脱退宣言は、除名に先んじるため本国が送った指令に松岡洋介が従ったものだった。
 国内の大勢が松岡に連盟を脱退させ、また三国同盟加盟に至らしめたものであると、戦後A級戦犯として獄中死し、 戦争首謀者の一人とみなされている松岡に対して、加藤の筆は意外に優しい。

 その他にも考えることが多い本でした。
 この論調に対する、聞く耳を持たない軽薄な権力者や、夜郎自大のその眷属の戯言の浅薄さが際立ちます。


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