窪美澄『給水塔から見た虹は』
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久しぶりに読んだ、力強い小説です。
若い子供たちが学校、地域社会から出て、より広い世界を巡って自分たちが何者かを識る。
児童書の典型です。
しかし何という社会でしょう。
彼らの日常生活や、団地に暮らす人々には、既に差別やいじめ、犯罪の影が当然のように現れています。
そのようなことが存在していること、それから逃れることが難しい時代であることを著者は隠そうとしません。
その一方で、早々に理屈を述べることもしません。ただ事実を露わにしていくだけです。
主役のベトナム人と日本人の中学生は徐々に追い込まれ、一人が逃げ出します。
逃げ出して桃源郷にたどり着いたはずの彼は、更に深い事実にからめとられてしまいます。
救援のメッセージを受けたもう一人は彼の跡を追いかけます。そのことが2人の逃避を露見へと導きます。
露見はベトナム人の桃源郷を破滅に導くであろうことを、ほのめかしながら事態は進展します。
それでも、中学生たちだけでなくそれぞれの人たちみなが、
自分たちの立場と社会とのかかわりを明らかにすることが必要であると、作者は認識しているようです。
物語はなんとなく大団円に近づきます。
今の社会の有様を主役たちと読者が深く認識することが物語の終点であろうと予感させながら。
しかし、唐突に暴力が吹き荒れる場面となって、物語が断ちきれました。
この後の描かれない場面を、読者がどのように想像するか。
それが読者に課された試練のように、私は読みました。
物語の先をどのように予見するかで、読者の良識の軽重が問われていると。
どのように希求するかにより、読者が自らを高めることができると。
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